カッコ悪さがカッコイイ! 阿保なんだけど利口になろうと努力している人は魅力的!

 皆さま、こんにちは。暖かい日和が続くなぁと思っていましたが、急な寒気に見舞われて私は一気に冬支度に入りました。昨冬は新型コロナウイルスの感染対策のお蔭で、インフルエンザがほとんど流行りませんでしたが、その分、集団免疫が形成されずに今冬の蔓延が心配されるようです。皆さま、くれぐれもご自愛くださいね。

 さて、社内で行う研修は、代表の私はほとんど主催者だったりオブザーバーで、社員さんの前で恥をかくようなことはありません。しかしながら、外部の研修となるとそうはいきません。受講者になったとたん、無知丸出しだったり、クセや言い訳がでたりで、反省しきりです。思わず、「出なきゃよかった」とも思っちゃう。

 もう20年以上前に、「原田さんは一見、利口そうに見えるから損だ。割に抜けているところがある。」と言われたことがあります。へこみはしましたが、そう自覚もしていたので、痛いところをつかれた思いでした。それから後、元アサヒビール社長 樋口廣太郎氏の本の中に、利口と阿呆について書かれているのを見つけました。人は、一見してどう見えるか、そして実際はどうかで、次の四つのタイプに分けられると書かれていました。

  ①りこうあほう ②りこうりこう ③あほうりこう ④あほうあほう

  人として愛されるのは、③の〈一見すると阿呆に見えて、本当は利口な人〉。
  人として損なのは、①の〈一見すると利口に見えて、実は阿呆な人〉、ズバリ私!タイプです。

 私は何とかして、最初に見えた利口の化けの皮が剝がれないように、本当は阿呆な部分を努力で埋め合わせようとしていましたが、今にして思うと、これは完全なる戦略ミスでした。

 実は(本当は)阿呆なケースは二つです。一見しても阿呆のケースと、一見すると利口のケース。私がしようとしたのは、少しでも努力をして、本当の阿呆が多少でも利口になることでした。考えればすぐにわかりますが、本当の阿呆が利口になっても、一番愛される人にはなれません。ほとんど努力せずにできたはずなのは、一見しても阿呆になることでした。これは、人前でカッコづけはしないということです。順番としては、ここから始めるべきだった!

 ベテランになってきたり役職を背負うと、失敗することが許されないような気がしてしまいます。カッコをつけて利口っぽく演じてしまったら、 社員さんの前で恥をかくことなんてますますできません。結果、失敗しそうなことには挑戦しなくなる。最初に阿呆の道を進めなかった私は人間が小さいということにつきます。社員さんには平気で、〈失敗を怖がったらだめ。成功するまで続ければ失敗はただの実験になる〉、なんて言ってるのに!

 樋口元社長の本からは少し外れるかもしれませんが、私は今、もっとも魅力的で一番愛すべき人を問われたら、〈カッコづけしないで阿呆を見せられて、やっぱり阿呆なんだけど利口になろうと努力をしている人〉です。そんな人が、もっとも人に夢や勇気を与えらえる人だと思いませんか。 カッコ悪さがカッコイイを、これからの私のテーマにします。

代表 原田 学