子どもも部下も「どう育てたか」でなく、「親や上司がどう生きているか」を見て育つ

皆さん、こんにちは。これを書いているのは6月最終週ですが、すでに夏の日差しと長野らしからぬ蒸し暑さに、冷房なしにはいられないような日がはじまっています。コロナ禍やウクライナ情勢の影響で世界のものづくりは部品不足などの影響を払拭できず、欲しいものが思うように手に入らない状況がまだ続いています。夏に向けてエアコンが不足したり、肝心の電力も足りなくなるかもしれません。多少の不便は自力で乗り越える覚悟はしつつ、健康にはくれぐれも留意してまいりましょう。

さて、最近の私の心に残ることの一つは、子育てのインストラクター資格の受験です(付け焼き刃の勉強で結果は不合格でした)。きっかけは人材育成に関する講座で、「どんな人になって欲しいかの目標は持っていても、そのための適切な方法を学んでいなかった」と反省したからです。「人材育成も子育ても同じですよ」と言われ、子どもにも社員さんにも、せっかくの人生だから「幸せに生きてほしい」と思い、私にできる応援の一歩として選んだのがこの資格試験でした。何を幸せとするかは人それぞれですが、「目標に向かって、努力できる人になる」ことを正しく応援したい。社内には子育て世代の社員さんも多く、そんな相談にも応えられるといいなぁ、なんて。

子どもも部下も、どう育てたかでなく、親や上司がどう生きているかを見て育つと言いますから、これは大変です。私は目標に向かって努力する人として生きないといけません。(汗)

試験の結果は残念でしたが、受験すると決めたから最近の勉強法を調べて取り組んでみたり、模試を受けたり、朝や休日など勉強時間を決めて机に向かうことができました。子どもや部下の何を見逃さないようにし、どう関わるかや、褒めることの弊害、何が過保護となり、そうならないためにどう課題を分離するかなど、おぼろげだったことを整理したり正せたことには学び甲斐も感じています。

私はこれまでも、社内の肩書は役割に過ぎず、人間的な上下ではないと口にしてきましたが、これは親子にも言えることです。私は親と言うだけで、躾の名目で無用な感情を吐き出した自分を今になって反省しています。親は生きている年数が子どもよりも長い分、知っていることやできることが子どもより多いですが、それが子どもよりも人間的に優れていることにはなりません。実際、子どもの方がよほど純粋で粘り強く、大人の私が尊敬すべき点があるものです。そう考えると、子育ても社員教育も、相手は命令や支配の対象でなく尊敬する対象です。

「仏の親は鬼、鬼の親は仏」の言葉もありますが、仏の親になるのも、仏の上司になるのも、実は相手の未来を思うより、「自分がいい人でいたい」だけかもしれません。鬼になるとは、「相手が一人になっても折れない生き方を育てること」ではないでしょうか。親も上司も本気でそうしようとすれば、鬼のような強さを持って相手のモデルとして自分を生きるしかない気がします。子どもには「人の悪口は言ってはいけない!」と言いながら、親が人の悪口を言っているのを見て育ったら、どんな子どもになるでしょうか?「勉強をしろ」と言いながら、目的のための努力をしない上司を見て育った部下と、そう言わなくても、目的のために勉強を続ける上司を見て育った部下と、どちらのほうが自分の責任で努力をするようになるでしょうか?

子どもも部下も、親や上司の言った通りの人になるのではなく、見ていた親や上司のような人になっていくかもしれないのなら、親としても上司としてもまだまだ不完全な私ですが、それでも幸せになる努力を続けて、そうなれることを示したいと思うのです。

プラスデコ代表 原田 学

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