「情けをかける」こと自体が私を幸せにしてくれる
皆さま、こんにちは。私はこの原稿をお盆前に書いていますが、夏生まれの私でも閉口するような暑さが続いています。この元気ライフがお手元に届く頃、共々に夏バテなどしていなければいいなと思っています。
さて、先日のことですが、おっちょこちょいの私は財布を忘れて出張に出かけてしまいました。伊那から2時間ほど車で走り、新幹線が止まる駅の駐車場に車を留め、切符を買おうとして財布がないことに気づいて、 もう真っ青です。自宅に帰って出直すしかないと思いましたが、お金がないので駐車場から車も出せません。 時間は夜の9時を回っていたので、慌てて夜間連絡先に電話をしたのですが、「どうにかしてお金を都合してもらうしかない」と言われてしまいました。
お金を借りるのに最初に頭に浮かんだのは警察です。近くの交番を調べ、ドジな自分に呆れながら、とぼとぼと歩いて交番に着くと、警察官に事情を話してお金を貸して欲しいとお願いしました。その方はどうしたらいいかわからない様子で、あちこち問合せをしてくれたようですが、ここで貸すことが適切でない理由は言ってくれたものの、結局は駅に戻って駅員に相談してみてほしいという意見でした。それ以上食い下がるわけにもいかず、仕方なくもう一度駅に向かうことにしました。そこで駅員さんに警察に言われたままを話しましたが、今度は駅員さんが、「このような場合は警察に行くようにアドバイスしている」と言うのです。駐車料金は1日最大でも500円です。「個人的にお金を貸していただけないでしょうか」とお願いをしてみましたが、話を聞いてくれた2人の駅員さんとも、「それはできません」と応じてくれません。さすがに私も意気消沈して駅を出ましたが、 まだお願いしてみる先はあると思い直して、今度は駅前のビジネスホテルを訪ねてみました。お客様と思って笑顔で迎えてくれたのもつかの間、事情を説明するとたちまち相手は困り顔になりました。「少額なので個人的にお願いできませんか」と尋ねてみたところ、天井についたカメラを指差して、「全て記録されているので、そういうことはできない」との答えでした。ここでのお願いは諦めて隣のホテルに行ってみましたが、そこでも帰って来る答えは同じでした。その後も、コンビニに入ったりしてお願いする人を探しましたが思うようにはいきません。 夜も遅くなってきて人気もだんだんなくなっていました。
もう家族にお金を届けてもらうしかないと思い、駐車場に戻って車に乗り込んだその時です。駐車場に一人の男性が歩いて入ってきました。私は「この人で最後!」と思ってすぐに車から飛び出すと、事情を説明し、 お金を貸していただきたいと頼みました。その人はいくら必要なのかを尋ねてくれ、財布から500円玉を出してくれました。私はお返しするのに住所を教えてほしいとお願いしましたが、「これは差し上げます」と言って答えてくれません。私は頂戴するしかなく、ただただ深々と頭を下げ、「ありがとうございます。助かりました」と手を合わせました。料金所で500円を入れるとお釣りが300円返ってきました。そこで、この恩人の出庫をゲートで待ち、「200円で済みました!」とお釣りを返そうとすると、今度は「一度差し上げたものだから」と受け取ってくれません。「そうはいきませんので」と何とか受け取ってもらうと、「遠くまでのようですからお気をつけて。これも何かの縁だから」と私のことを案じてくださり、その車は消えていきました。
時間は10時半を過ぎていたので、およそ1時間半、私は200円を借りるお願いをして歩いたことになります。この帰り道、私は一文無しでしたが、嬉しくて有り難い気持ちで一杯でした。私はこのご恩を、この男性にお返しすることはできませんが、困っている人がいたら今夜のことを思い出して、優しくすることはできると思います。「情けは人のためならず」という言葉があります。人にかけた情けは、巡り巡って、自分や子孫に戻ってくるものだという意味ですが、かけた情けがこちらに返ってくるかどうかは別にしても、優しい社会にはなると思います。気づいていないだけ、忘れてしまっているだけで、していただいていることは案外多いものですし、私は「情けをかける」こと自体が私を幸せにしてくれる(人のためではない)ようにも思います。
プラスデコ代表 原田 学